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<2015年1月>

 

気づいてほしい・・・

 2015年 (平成27年) あけましておめでとうございます。
昨年は、本当に色々なことがありました。自然からくる、雨 風 雪 地震 噴火 等々。それらに対して各部門で研究、対策と力は入れていますが、人間の力ではどうにもならないことが多いとしみじみ感じます。それを思うと、人と人、国と国のいさかいなどは、考え方でもっと対処できることなのにと思います。

 最近特に心を打たれたことがあります。子供の虐待の問題です。これまで多くの親からの虐待のニュースが入ってきます。母親が男性関係でというケースが多いようですが、強い憤りを感じていました。今回はできれば、多くの人に知ってほしいと思い新年早々のテーマにしました。

 今から 10年余り前、親からの虐待を誰にも言えず、学校の先生にも気づいてもらえず、苦しんでいた小学生が居ました。その子が警察なら見抜いてくれると思って自作自演の強盗の被害者を演じ、その後、児童養護施設に保護されました。年月が流れ、その男性は昨年の春から家を借りて運送会社に勤め、新たな生活をスタートさせています。その人が10年余り前のことの取材を受けていました。
私がここに書きたいと思ったのは、彼がとても穏やかな表情でそのことを話していたからです。「言えなかったけど、気づいてほしかった。気づいていたなら自分に一言でも言ってほしかった」  穏やかな口調でしたが、長年思い続けたことだったのでしょう。

 子どもの頃の虐待や何かのトラウマで、大人になって、個人や世間に恨みを持って生きる人も多い中、自分が身をもって経験したことから、これからの人のためにもと、テレビに出て話す姿に、彼の、悲しみ苦しみを乗り越えた強さと気高さを感じ、このことがどれだけの人を救うかしれないと思いました。私は個人のことはこういうところに書かないように気をつけているのですが、私がこういうとらえ方をしていることで、きっと許してくれると思っています。

 以前書いたことがありますが、人は皆弱いもので、自分以外の誰か一人でもいいから、自分のことを知っていてほしいと思うものです。万華鏡 「きれいなもの・心温まるもの」 (2008年9月)
この時は、家族・親友のほかに、少し離れて、冷静に 愛情をもって見てくれる大人。学校の先生 習い事の先生 先輩 近所のおじさん 誰でも (コロッケおじさんの話あり)

 でもそれは恵まれている人が望むことかもしれません。自分の立場で考えてくれる人、家族も先生も誰もいないことも確かにある。2008年の私はまだ考えが浅かったかもしれません。
この機会に大分前に書いた自分の文を少し読んでみました。万華鏡 「安心がほしい」 (2010年2月) を合わせて読んでいただけると嬉しいです。

 年の初めに、「今年は!」 と考える人も多いと思います。何があるかは分かりません。けれども考え方の自分なりの基本、軸を持っていれば、人の話は聞いても、意味もなく流されてあとで辛い思いや、自己嫌悪に陥ることなく過ごせると思います。また、一方で、自分流を決めつけないで、人の話はよく聞く。だんだん歳を重ねるにつれ、聞く耳と聞かない耳を持てるようになり、そこからまた気づかなかった、人と人の間で生きる素晴らしさを感じ、新しい自分を発見することができます。

 「どんな人でも、一番奥にあるものは皆 『善』 であり、どんな人でも皆、人と人の間で生きていたいと思っている」 これが私の考え方の基本であり軸となっています。

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渡部捷子

渡部捷子へのメールは watanabe@kazami.com まで

 
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