八十八夜に
「夏も近づく八十八夜 野にも山にも若葉が茂る あれに見えるは茶摘みじゃないか あかねだすきに菅(すげ)の笠♪」 この歌(唱歌)は、ある年代の人はほとんどの人が知っています。八十八夜は立春から数えて88日、この頃に摘んだ新茶は上等なものとして、この日に新茶を飲むと長生きし、縁起がいいとされています。
また、「八十八夜の別れ霜」 という言葉があるように、このころから霜もなくなり安定した気候になります。夏の準備をする決まりの日、縁起のいい日とされ、また八十八は米という字になり、農業の仕事をする特別な日として、田の苗代を作る、種まき、野菜の移植等この日に行うといいといわれました。今年は立春が2月4日なので八十八夜は5月2日になります。
歌の中にある 「あかねだすきに菅(すげ)の笠」 という茜染の襷、茜染めは古くから茜の根を煮出して赤く染め、日本の伝統色(和色)としてあるように着物等の色として使われましたが、他にも色々な物に使われ、止血剤として効果があるため、茶摘女が素手の作業で指先に怪我をすることがあるので、これを使ったそうです。
また、茜色は、真っ赤に染まる夕焼けの空の表現によく使われます。逆に夜明けの空、朝焼けは曙(あけぼの)色といいます。枕草子 「春はあけぼの・・・」。 日本の言葉には色の表現でも、こういう美しい言葉があります。この美しさから今でも歌の歌詞になったり、会の名前に使われたりするようです。
いつもこの季節になるとこの歌と新茶、そしてもう一つ思い出すことがあります。
群馬本校で、着付けと別に現代作法の授業をしていた時、着付けの生徒さんがこちらも受講する人が多かった中で、着付けはしていなくて、初めから現代作法を受講された方が何人かありました。その中の一人の受講のきっかけのお話です。会社で上司(男性)が新茶を持って来られて、「みんなに入れて」 と頼まれ入れ始めたら、「あ・僕がするから・・」 と。その時おいしいお茶の入れ方が分からなくて恥ずかしい思いをしたそうです。彼女は、現代作法のその他のことも熱心に勉強して行かれました。
あれから随分年月が過ぎました。今では若い人達はお客様に日本茶を入れて出すところが少なくなりました。確かに今ではたいていの会議にはペットボトルのお茶が出ているようです。これはこれで、時間や人数のこともあるので、いいと思います。そういう昨今だからこそ、お茶の種類によって、お湯の温度、時間を考えながら入れていただいたお茶は格別です。
昔は当たり前だったことが次第に忘れられていこうとしている時代だから、ほんのちょっとしたことが、女性として素敵に見えることがあります。以前どこかに書きましたが、テレビである男性(若いタレント)に 「好きなタイプの女性は?」 と聞いた時、「箸使いのきれいな人」 と答えた方があり、その時その男性がとても素敵に見えました。
着物をきれいにたためることも、特別のことではなく、こういうことは母がしていることを娘がまねて自然に覚えたものです。以前はあたりまえのことも、今ではできない人が多いので、それができる人が光って見えます。ほんの少し、知ろうとし、教わりたい気持ちがあれば、すぐにできることが沢山ありますから、それはその人の気持ちの持ち様です。
作法は難しく考えることではなく、また、形ばかり覚えてすることでもなく、考え方の基本は 『自然なふるまいと、相手の立場で考える』 です。すると大部分は自分の判断でできます。丁寧すぎるのは逆に相手の方に気を遣わせることになり、嫌な思いをさせてしまうこともありますので心配りを忘れないようにしましょう。
今回、すぐに役立つ、簡単だけど大切なことを二つ挙げておきます。 @相手が立っている時は立って、座っている時は座って、目の高さを揃えて会話を。 A和室では、改まらない大勢の宴席であっても、女性は、一時退室、入室の時は、誰も見ていなくても、素早く一瞬膝をついて、襖、障子等の開け閉めを。 「箸使いのきれいな人」 と言った人のような素敵な男性が見ているかもしれません。もう一つ大事なことがあるとすれば、姿勢がいいということでしょうか。姿勢がいいと所作が美しく見えます。
私は 「おばあちゃんの生活の知恵」 のようなものを大事にしています。作法においても、今ではその時になって分からないことはネット等で何でも調べられますが、それは知識であり形であって、実際の生活、経験、心からくるものとは違います。生活の中で、多くの経験をされた年長者の教えは生きています。相手の気持ちに寄り添う心があります。また、特別に言葉で教えられなくても、その方の背中から多くのことを教わったことを気づく時が必ず来ます。
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