かざみきもの学院
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<2006年11月>

 

シンプルな ものさし

学院長 10月の万華鏡で、大きな節目になった高林先生のことを書きましたが、私の中でもう一度大きな節目がありました。これは特別のきっかけではなく、変わったことがあったわけでもありません。20周年の頃、私の中にはっきりした考え、生き方のようなものが見えてきました。
いえ、やはりきっかけはあったのかもしれません。もうお一人、私の尊敬していた方が亡くなられて、生前話されたことを書きとめてあったノートを開いてみて、実にシンプルで分りやすい大切な文に気づいたからかもしれません。

それは、 「人間の営みの一切は、人の幸せにあります。家庭も社会も、政治も経済も科学も哲学も、すべて人の幸せの追求にほかなりません」 という言葉です。
あたりまえのことですが、とても新鮮に感じました。
複雑化した社会の中で、何が正しく何が正しくないか分らなくなって、何をものさしにして判断していけばいいのか戸惑うことの多くなった昨今ですが、このことを考えると、実にシンプルに明確に解答が出てきます。

20周年記念のとき、なぜか、自分のために、今考えていることを文章に残しておきたいと思いました。 最近になって読んでみると、表現 言いまわしは少しは違いますが、本質は今と全く同じでぶれていないことに気づきました。

人も物もすべてのものにはそれぞれ存在理由があります。そして、人は誰も、神から与えられた役割分担があると思うのです。

仕事やおかれた立場や、状況によって、それぞれ違います。広く世界の、人類の幸せのために活動している人もあり、ごく身近な家族の幸せのために行動している人もいます。それは、どれが立派でどれがそうでないということではありません。人それぞれ、そのときその時に与えられた大切な役割があり、自然にその方向に向いてくるように思います。自分の役割が何かはっきり分らないことも多いと思いますが、それは自然に流れてきて、気づかせてくれます。

生徒さんの中で、着付が楽しくて資格もとりたいと燃えているとき、家庭の事情でできなくなるので悩んでいた方に、「着付はいつでも何歳になってからでもできるので、あなたにとって今一番大切なことを、与えられた役割だと思ってして下さい。学院は何年先になっても大丈夫ですからできるようになったら来てください。そのための個人指導ですから。 いつでもお顔を見せてください。」と話したことがありました。
3年近く看病をしたお舅さんを看取ってから、また来られるようになり、「あの時無理をしないで、自分の役割を考えて前向きにお世話ができてほんとうによかったです。」と言ってくださった方があります。その後資格も取られ、今も着物が大好きな素敵な女性です。

子育ての終わった女性が時々、「自分はなんのために生きているのか」と思うことがあるといいます。これまで母親としての実感、自分の存在感をしっかり意識できていたのに、子供が自立すると、目標がなくなり虚しくなる。私は、仕事がら多くの女性とかかわってきましたので、それで悩んでいる方も意外と多いことを知りました。
とにかく、楽しいことをすること。ただ、短絡的な楽しいことは、そのときはいいけれど後がもっと虚しくなります。

そのとき、「役割分担が変わった」と思えば、案外簡単に超えられます。
原点に戻って、人の幸せのためにできることはないか考えてみる。自分を捨ててということではなく、自分を内から外から磨き高めて、それと同時に人の幸せについて考え、行動する。自分がこれからどう変わるかも楽しみながら、自然体で生きることだと思います。

20周年の頃、このことに気づき、複雑だった私の頭の中も、実にシンプルに軽くなったような気がします。( 体は少々重くなりましたが肩こりはしなくなりました )
20周年という節目に、自分なりの役割を見つけることができたことは幸せなことでした。
力まず、気負わず、余計なことを考えず、もう一度ゼロから出発するものを求めて松山校が始まりました。

 

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渡部捷子

渡部捷子へのメールは watanabe@kazami.com まで

 
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