かざみきもの学院
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<2018年5月>

 

今 立ち止まり思うこと(3) 「松山校開校」

 前回からの続きです。

 今 立ち止まり思うこと(1) 「学ぶ」
 今 立ち止まり思うこと(2) 「家族・友人」

 その後何年か過ぎて、子供たちに手がかかることもなく、仕事に専念できたとはいえ、 毎日忙しい日が続きました。

 ちょうどその頃、夫が勤務する会社で女子社員が終業後に学ぶために運営していた学園 (洋裁、和裁、料理、茶道など) に着付のクラスが始まることとなり、私は自分の教室のほかに、こちらも担当することになりました。依頼を受けたのはいいけれど、当時は着付を習いたい人が多く、はじめは 1クラスだったのが 2クラスになり、3クラス目は大きい教室になり、週3回、補助講師とインターン希望者を入れての授業になりました。

 最もハードだった時期は、この他に地域の婦人会の方からも教室の依頼を受け、学園の夜の授業が終わってから駆けつけて授業ということもありました。近くではありましたがどうしても開始に間に合わない時間でしたので、初期に資格を得た私と同じくらいの年齢の講師に先に行って始めてもらって、私が20分遅れで到着するという方法でした。

 自分の教室のほうも、各クラスを担当する講師を決めていましたので、この状態でフル回転でした。ありがたいことではありますし充実はしていましたが、仕事に追われて、松山のことはすっかり忘れて長い年月が過ぎました。

 ある時、高校時代の同期会があるとの知らせがあって、他にも用事があったので、帰松し、出席しました。それから時々帰省も兼ねて帰松し、当時仲の良かった人達とおしゃべりをするようになりました。そんな中で、友人から 「松山でも教室始めたら?」 との言葉もありましたが、そのときは 「そうね・・・」 と言うくらいで、現実にそうなるとは思っていませんでした。 

 夫も愛媛の人なので、松山には関心があったようです。ちょうどその頃、夫も自分の仕事のことで考えていることがありました。ある所(海外)からお話があり、技術者として、そちらでもっとやってみたいことがあるようでした。子供たちもそれぞれ自分のこれからのことを考えていました。それぞれが考え迷って、なかなか結論が出ないので、別の場所でよく考えてみようということになりました。 「そうだ! みんなでカナダへ行こう!」 不思議なもので、皆それぞれ忙しいのに、1週間の休みを取り、カナダに行くことに決まりました。思えばそれまで忙しさに追われて、ゆっくり家族そろって 1週間も旅行をしたことがありませんでした。

 皆すぐに回答が出ました。あれだけ迷っていたのに、4人全員がそれぞれ前向きの結論を出したのです。そして松山は、友人の紹介で、今のところになりました。

 開校までの1年間は準備期間としました。迎えた初めての成人式の日は、着付けの仕事は受けることなく、松山の状態を知りたいと思い、当時は1か所で行っていた 「コミセン」 まで出向き、さりげなく見学(?)しに行きました。すると色々な状況が見えました。お手洗へ行った時には、振袖の人がお化粧直しをしていましたが、お顔は充分きれいけれど、帯揚げが外れて垂れていたので直してあげました。これは松山だけでなく、どこもそのような問題があるようです。

 そのことも含めて、ずっと気にしていたことがありましたので、開校の告知も兼ねて、県民文化会館 (ひめぎんホール) で、成人式前のお嬢さんとお母さんを中心に、立居振舞をメインに、実践を交えた講演を行いました。振袖以外の一般の着物の場合も含めて、着物を着て自然な動きができるように、歩き方、車の乗り降り、椅子のお席の時の振袖の袂の扱い、写真の撮られ方などについてのお話です。「立居振舞」というと、改まって難しそうと思うかもしれないけれど、洋服の人と同じ席でも普通に、自然に動けるための注意点などです。特に初めて着るのが成人式の振袖ということも多いので、お母さんにも足袋の履き方や、新しい草履を初めて履く時は鼻緒がきつくて痛いこともあるので、前もって履いてみることなど、細かいところまでお願いしました。

 教室に関しては、私が毎月群馬と往復することになるので、留守の間お願いしなければいけませんが、その友人が、すでに着物は着られる人でしたが、全国各地から集まる京都本部で講師試験を受け、正式な指導者となって引き受けてくれました。(現在講師試験は、認定校として私のところでできるようになっています)

 わずか3年間の高校生活を一緒にした懐かしいお顔も分かりますが、現在何をされているかも知らないままで、どなたをご招待すればいいかは友人にお願いして、開校の日を迎えました。

 その中で簡単なショーもするので、群馬本校からも数名来てくれました。夫も来てくれましたが、娘達は、それぞれ自分のことがあり、出席出来ませんでした。当日、色々な方から沢山お祝いのお花が届きましたが、その中に小さな包みがありました。娘2人からでした。カナダで撮った、夫と私2人が大きな木の幹を背に足を延ばしてくつろいでいる写真が入っていました。そしてフォトフレームの後ろ、お祝いの言葉の最後に、「私たちの一番好きな写真です。1枚は○○(夫が出向いた海外都市)に、1枚は松山に。離れていても、通じ合う家族を誇りに思います。」とありました。大人になったなあと嬉しくなりました。

 仕事をしていく中で、自分は、両親、兄姉共、学校教育関係の中で生まれ育ったからか、事業欲も名誉欲もないことは大分前に気づいていました。今後、自分が何を感じ、どう変わるのか楽しみでもあります。

多くの女性と出会うことができ、今だから分かったこと。
それは、みんなそれぞれ事情があり、みんなそれぞれ大切にしていることがあり、
みんなそれぞれの生き方があるということ。
大人になるということは、それらを理解し、大切にしたいと思えるようになることかもしれません。

 松山開校、あれから23年。

その間、お世話になった方で、別の世界へ旅立たれた方も何人かおられます。
心からのお礼も言えないままに・・・。
松山の 風はやさしく・・・そして…温かかった。  感謝と愛をこめて


バックナンバーはこちら (毎月5日更新)

渡部捷子

渡部捷子へのメールは watanabe@kazami.com まで

バックナンバー

2018年5月  今 立ち止まり思うこと(2) 「家族・友人」
2018年4月  今 立ち止まり思うこと(1) 「学ぶ」
2018年3月  母色の着物
2018年2月  成人式 母の想い 母の役割
2018年1月  次のための前向き表現
2017年12月 100人の着付け
2017年11月 与えられた1週間
2017年10月 リハビリテーション医療 石川誠氏より
2017年9月  「否定のことば」は何のために?
2017年8月  日野原重明医師から
2017年7月  『着物』決まり事と、着る人のための着付けの工夫
2017年6月  1週間の入院生活より
2017年5月  それぞれの事情
2017年4月  師匠と弟子
2017年3月  変わること・変わらないこと
2017年2月  エジプトの「特活」から
2017年1月  新年に思う自分の役割
2016年12月 外国人から日本を知る
2016年11月 『自立』 経験すること 信じること 自分を知ること
2016年10月 プラス思考と「否定のことば」
2016年9月  夏の終わりに
2016年8月  私を育ててくれた人
2016年7月  神様がくれた時間 そして 「かざみ」
2016年6月  書くこと
2016年5月  「かざみだより」 から思う着付け指導
2016年4月  季節と着物
2016年3月  この道
2016年2月  日本の蚊帳が世界の子供を救う
2016年1月  成人式の着付け
2015年12月 姉から思う女性の生き方
2015年11月 母として・娘として・そして私
2015年10月 舞台衣装の着付け
2015年9月  つるの剛士さんのご両親に学ぶ
2015年8月  尊厳死
2015年7月  雪のないベルナティオ
2015年6月  一歩引くと見えてくる
2015年5月  八十八夜に
2015年4月  オフの よもやま
2015年3月  松山校 あれから20年
2015年2月  たし算ひき算・シンプルイズベスト
2015年1月  気づいてほしい・・・
2014年12月 家族をつなぐ一筆箋
2014年11月 白秋そして赤秋
2014年10月 お彼岸に・・・
2014年9月  四国遍路お接待と代行ビジネス
2014年8月  2パーセントのゆとり
2014年7月  判断基準と自分のものさし
2014年6月  季節と着物
2014年5月  散歩道
2014年4月  きものパーティー
2014年3月  歩いた道から思う 「否定のことば」
2014年2月  ウズベキスタンと日本人捕虜
2014年1月  成人式 母と娘「草」の作法
2013年12月 公開講習会を終えて
2013年11月 無形文化遺産「和食」
2013年10月 もっと素敵に!もっと快適に!
2013年9月  守りたい
2013年8月  人は生まれながらにして
2013年7月  小さな旅 瀬戸内広島
2013年6月  どの子も子どもは星
2013年5月  全国きもの指導者協会総会
2013年4月  「体罰」という言葉
2013年3月  座右の銘
2013年2月  新成人
2013年1月  漫画から学ぶ
2012年12月 たびだち
2012年11月 着物姿での動き・写真
2012年10月 秋を感じに
2012年9月  家庭科の先生
2012年8月  着物のちから
2012年7月  今、浴衣は「ゆかた」に
2012年6月  第5の着物
2012年5月  『かざみ』と梅
2012年4月  雪ときものの十日町
2012年3月  私が目指すもの
2012年2月  職人魂
2012年1月  「SANYO」の看板
2011年12月 特攻花
2011年11月 「淑女のルール」?
2011年10月 ドクターイエロー
2011年9月  ふるさと給食に思う
2011年8月  やまとなでしこ
2011年7月  断捨離と物のいのち
2011年6月  二人の女性
2011年5月  九州総会 「ハウステンボス」
2011年4月  東日本大震災
2011年3月  西から東から きものパーティー
2011年2月  おいらん
2011年1月  ソフリエ
2010年12月 成人式
2010年11月 きものの話・・お太鼓
2010年10月 彼岸花
2010年9月  母から娘への原則
2010年8月  お盆と七日裁判
2010年7月  私の 『とりあえずメモ』 ノート
2010年6月  生き様
2010年5月  今誰でもできることは
2010年4月  松山にて
2010年3月  それぞれの道
2010年2月  安心がほしい
2010年1月  今・・母の役割

2009年5月  2度目の松山総会・きものショー
2008年12月 万華鏡
2008年11月 いのち
2008年10月 仕事
2008年9月  きれいなもの・心温まるもの
2008年8月  講師試験と比叡山延暦寺
2008年7月  男のきもの
2008年6月  この街 松山 路面電車
2008年5月  新緑の朝 第4の着物を思う
2008年4月  4月 何かが始まる
2008年3月  子供に残すもの
2008年2月  雪景色と山羊座の女
2008年1月  生活の知恵
2007年12月 男と女
2007年11月 七五三
2007年10月 季節を感じる感性と演出
2007年9月  大人が学ぶ
2007年8月  優先順位
2007年7月  夏のきもの
2007年6月  明日ありと思う心の・・・
2007年5月  松江の春に 赤秋 を思う
2007年4月  植物の根っこ
2007年3月  感性で動く
2007年2月  自分の時間
2007年1月  一隅を照らす
2006年12月 成人式の振袖
2006年11月 シンプルな ものさし
2006年10月 恩師 高林三郎先生
2006年9月  愛しすぎる女
2006年8月  女を磨く 作法のこころ
2006年7月  DASH村から
2006年6月  涙のボタン
2006年5月  他人(ひと)の痛み
2006年4月  着物が教えてくれること
2006年3月  青い春と白い秋
2006年2月  小雪舞う 空を仰いで 母偲ぶ
2006年1月  お正月
2005年12月 人を幸せにする言葉
2005年11月 雪と紅葉 きものの旅 十日町
2005年10月 大人になれない大人を作る親の責任
2005年9月  初秋に思う
2005年8月  ゆかた・浴衣・湯帷子
2005年7月  「トンボが消えた」 いしだあゆみさんのお話より
2005年6月  きものショーから学んだこと
2005年5月  もう一人の私
2005年4月  「素敵な肝っ玉母さん」「がんばって!」
2005年3月  「まっすぐに立つ」二つの意味
2005年2月  女に生まれて
2005年1月  かざみ 目指す女性を梅に重ねて

 
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