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<2008年8月>

 

講師試験と比叡山延暦寺

学院長  7月、今年も講師試験のため京都に行き試験も無事終わりました。
全国から集まっての試験ですが、資格というのは不思議です。簡単に、まるでお金で買うように取得すると実感がなく、そこに向かって一生懸命練習をして、全国の人たちの中で試験を受け合格すると、本人の中で納得があります。この資格に見合うようにとそこから伸びていく人も大勢見てきました。そういう意味でも全国きもの指導者協会の試験のあり方はとてもいいといつも思います。友人の沖縄の先生は、沖縄から京都まで生徒さんを連れて来られますが、いつも 「ここまで来ることに意味がある」 とよく言われます。
私も京都まで来た時点でほとんど終わっていると思いますので、前日は、夕方、八坂神社にお参りをして、街をぶらぶらして、皆で京料理をいただいて(少しお酒も飲んで) 明日に備えるようにしています。

 試験も無事終わり翌日は1ヶ月前から無性に行きたくなって予定していた比叡山延暦寺へ行ってきました。あるときから、私は迷ったとき、何かを見失いそうなとき、ここへ行きたくなります。人は誰も、心のよりどころとする物や場所があります。 「一隅を照らす」 の文字と、1200年以上続いている根本中堂の不滅の法燈を前にするとなぜか気持ちが落ち着きます。

 最澄が比叡山に開いたのは天台宗ですが、現在の各宗派の開祖である、浄土宗の法然、浄土真宗の親鸞、曹洞宗の道元、日蓮宗の日蓮 ほか多くの高僧が修行したところです。
最澄が、奈良の旧仏教から独立し、独自に僧を養成した比叡山は「日本仏教の母山」といわれ、 「12年籠山行」 「千日回峯行」 などの厳しい修行が現代まで続けられています。また、 「日本仏教の聖地」 として、世界文化遺産に登録されています。
何となくから始まった私の比叡山延暦寺ですが、色々なことを知れば知るほど、何となく原点に戻るという気持ちがより確かなものになるように思います。

 ここのご本尊は左手に薬壷を持った薬師如来です。私はこういうところへ行くと、お線香を買いますが、その日はその中で、3人の顔が浮かびました。病気平癒のお守りを二つと、この世に生を得られなかった人のためにお線香をもうひとつ買いました。
そしてもう一人、亡くなられたことを昨日聞いたばかりの方は、突然のことでまだお線香とは結びつきませんでした。後日、事情をお聞きして、あまりにものことに、涙が止まらず、娘のところに電話をして電話口で大泣きしてしまいました。

 最近私は、誰かのために、祈り、泣くことが多くなりました。若い頃は、自分のこと、仕事と子育てで精一杯、その日が終わるとほっとする毎日の頃がありました。年を重ねるごとに、気持ちにゆとりができ、心が広くなる。これが人間なのだと思うようになりました。けれども、だんだん意固地になるおじいちゃんおばあちゃん達が居ることも事実です。それは病気がさせているのだと思います。それを思うにつけても、健康でいなければと思います。
去年は、京都行きの終わりがとんでもないことになりましたが、今年の2泊3日の京都は充実していました。
そして私もまたトンネルを抜け、原点に戻り元気になりました。

 余談ですが、京都での講師試験といえば、鍵の話を思い出します。多分これから毎年思い出すのでしょう。

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渡部捷子

渡部捷子へのメールは watanabe@kazami.com まで

 
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