かざみきもの学院
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<2018年6月>

 

今 立ち止まり思うこと(3) 「松山校開校」

 前回からの続きです。

 今 立ち止まり思うこと(1) 「学ぶ」
 今 立ち止まり思うこと(2) 「家族・友人」

 その後何年か過ぎて、子供たちに手がかかることもなく、仕事に専念できたとはいえ、 毎日忙しい日が続きました。

 ちょうどその頃、夫が勤務する会社で女子社員が終業後に学ぶために運営していた学園 (洋裁、和裁、料理、茶道など) に着付のクラスが始まることとなり、私は自分の教室のほかに、こちらも担当することになりました。依頼を受けたのはいいけれど、当時は着付を習いたい人が多く、はじめは 1クラスだったのが 2クラスになり、3クラス目は大きい教室になり、週3回、補助講師とインターン希望者を入れての授業になりました。

 最もハードだった時期は、この他に地域の婦人会の方からも教室の依頼を受け、学園の夜の授業が終わってから駆けつけて授業ということもありました。近くではありましたがどうしても開始に間に合わない時間でしたので、初期に資格を得た私と同じくらいの年齢の講師に先に行って始めてもらって、私が20分遅れで到着するという方法でした。

 自分の教室のほうも、各クラスを担当する講師を決めていましたので、この状態でフル回転でした。ありがたいことではありますし充実はしていましたが、仕事に追われて、松山のことはすっかり忘れて長い年月が過ぎました。

 ある時、高校時代の同期会があるとの知らせがあって、他にも用事があったので、帰松し、出席しました。それから時々帰省も兼ねて帰松し、当時仲の良かった人達とおしゃべりをするようになりました。そんな中で、友人から 「松山でも教室始めたら?」 との言葉もありましたが、そのときは 「そうね・・・」 と言うくらいで、現実にそうなるとは思っていませんでした。 

 夫も愛媛の人なので、松山には関心があったようです。ちょうどその頃、夫も自分の仕事のことで考えていることがありました。ある所(海外)からお話があり、技術者として、そちらでもっとやってみたいことがあるようでした。子供たちもそれぞれ自分のこれからのことを考えていました。それぞれが考え迷って、なかなか結論が出ないので、別の場所でよく考えてみようということになりました。 「そうだ! みんなでカナダへ行こう!」 不思議なもので、皆それぞれ忙しいのに、1週間の休みを取り、カナダに行くことに決まりました。思えばそれまで忙しさに追われて、ゆっくり家族そろって 1週間も旅行をしたことがありませんでした。

 皆すぐに回答が出ました。あれだけ迷っていたのに、4人全員がそれぞれ前向きの結論を出したのです。そして松山は、友人の紹介で、今のところになりました。

 開校までの1年間は準備期間としました。迎えた初めての成人式の日は、着付けの仕事は受けることなく、松山の状態を知りたいと思い、当時は1か所で行っていた 「コミセン」 まで出向き、さりげなく見学(?)しに行きました。すると色々な状況が見えました。お手洗へ行った時には、振袖の人がお化粧直しをしていましたが、お顔は充分きれいけれど、帯揚げが外れて垂れていたので直してあげました。これは松山だけでなく、どこもそのような問題があるようです。

 そのことも含めて、ずっと気にしていたことがありましたので、開校の告知も兼ねて、県民文化会館 (ひめぎんホール) で、成人式前のお嬢さんとお母さんを中心に、立居振舞をメインに、実践を交えた講演を行いました。振袖以外の一般の着物の場合も含めて、着物を着て自然な動きができるように、歩き方、車の乗り降り、椅子のお席の時の振袖の袂の扱い、写真の撮られ方などについてのお話です。「立居振舞」というと、改まって難しそうと思うかもしれないけれど、洋服の人と同じ席でも普通に、自然に動けるための注意点などです。特に初めて着るのが成人式の振袖ということも多いので、お母さんにも足袋の履き方や、新しい草履を初めて履く時は鼻緒がきつくて痛いこともあるので、前もって履いてみることなど、細かいところまでお願いしました。

 教室に関しては、私が毎月群馬と往復することになるので、留守の間お願いしなければいけませんが、その友人が、すでに着物は着られる人でしたが、全国各地から集まる京都本部で講師試験を受け、正式な指導者となって引き受けてくれました。(現在講師試験は、認定校として私のところでできるようになっています)

 わずか3年間の高校生活を一緒にした懐かしいお顔も分かりますが、現在何をされているかも知らないままで、どなたをご招待すればいいかは友人にお願いして、開校の日を迎えました。

 その中で簡単なショーもするので、群馬本校からも数名来てくれました。夫も来てくれましたが、娘達は、それぞれ自分のことがあり、出席出来ませんでした。当日、色々な方から沢山お祝いのお花が届きましたが、その中に小さな包みがありました。娘2人からでした。カナダで撮った、夫と私2人が大きな木の幹を背に足を延ばしてくつろいでいる写真が入っていました。そしてフォトフレームの後ろ、お祝いの言葉の最後に、「私たちの一番好きな写真です。1枚は○○(夫が出向いた海外都市)に、1枚は松山に。離れていても、通じ合う家族を誇りに思います。」とありました。大人になったなあと嬉しくなりました。

 仕事をしていく中で、自分は、両親、兄姉共、学校教育関係の中で生まれ育ったからか、事業欲も名誉欲もないことは大分前に気づいていました。今後、自分が何を感じ、どう変わるのか楽しみでもあります。

多くの女性と出会うことができ、今だから分かったこと。
それは、みんなそれぞれ事情があり、みんなそれぞれ大切にしていることがあり、
みんなそれぞれの生き方があるということ。
大人になるということは、それらを理解し、大切にしたいと思えるようになることかもしれません。

 松山開校、あれから23年。

その間、お世話になった方で、別の世界へ旅立たれた方も何人かおられます。
心からのお礼も言えないままに・・・。
松山の 風はやさしく・・・そして…温かかった。  感謝と愛をこめて


バックナンバーはこちら (毎月5日更新)

渡部捷子

渡部捷子へのメールは watanabe@kazami.com まで

 
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